メリメロカロン

メリメロカロン

リアルで言えないならブログに書けばいいじゃない。内容ごちゃまぜブログ。

何を言うかじゃなくて、誰が言うかが大切だったんだ。

やらかした。

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ぱくたそ様より拝借

まだ義務教育を受けていた頃、クラスの学級会で話し合いをしていました。
テーマはグループ化しているとかなんとか、ありがちな話です。
(よく考えたら大人の社会だってそうだし、グループ化なんて当たり前なのですが。)

で!そこで!学級会を白けさせてしまいました。
あろうことか、当時村人Bである自覚がなかった私は、学級会で発言をしてしまいました。
で、その場が思いっきり白けてました。
今こう書いていてももう恥ずかしい(;∀;)

周囲の人は
お前が言うなって思っていたと思います。
「は?」という言葉がピッタリです。
あの空気は忘れられない…。

クラスで人気のある、もっと影響力のある子が言えば、空気が違うものになったかもしれません。
対して存在感がなく、説得力がない私が何を言ったところで「痛いヤツ」と思われて終わりです。
例えその主張が正しかったとしても。

当時の私はそこに気が付かなかった。
KYです。KYKYKYKYKYKYKYKY!空気が読めませんでした。
スリッパで頭スパーーーーンとひっぱたきたい。

大人になってからやっとこさ気がついたことは、

人は案外人の言っていることは重視しておらず、誰が言っているか

を重視しているということです。

例えば小学生男子ウ○コ問題。
学校でウ○コをするのが恥ずかしくて、男子トイレも全て個室にする、という自治体もあるそうです。
クラスで人気のある明るい男の子が「ちょっとウ○コしてくるわ」と言えば、「あ、ウ○コしていいのか」という空気が出来上がるかもしれません。
クールだけどかっこ良くて人気の子はそれがどう出るか分からないけれど、村人Bタイプの子が言ってもまず「学校ウ○コ解禁」という空気にはならないでしょう。
(排泄をするのは人間として普通のことなので、我慢しないでして欲しいです。)

その他にも、ちょっとしたグループのなんでもない会話でも、影響力のある人とない人の発言では、受け入れられ度に差があると思います。
FacebookとかTwitterなどのSNSでも、その情報の発信者が誰なのかで信用度が変わってくるんじゃないかなー。

集団というのはそういうものなのだと思いますし、私自身も無意識にやっています。
ここをどうにかしたいと思ってもそんなのは無理ですので、
昔の私がやるべきだったことは、クラスという集団の中での自分の立ち位置をしっかりと把握し、
「今、私は発言しないほうがいいな」
「ここは黙っていよう」
という判断をすることでした。
もし誰かが建設的な意見を出してくれたら「それいいね」と相槌を打つ役割を担うのもありだったかもしれません。

なんでこんな当たり前のことに気が付かなかったのかなぁ。

でも、それでも、人の言っていることをしっかりと聴いて、言ってることが正しかったら「正しい」、面白かったら「面白い」とちゃんと判断出来るようにはなりたいです。
(発言と行動に一貫性がない人の場合は聞こえなかったフリしていいと思います。)

言い訳がましくなりますが、最後に村人Bが発言すること=悪いと言っているのではないということを主張しておきます。

それでは、ごきげんよう

私は村人Bです。

ホメラレモセズ クニモサレズ ト イウヨリ、ソンナニキニサレテマセン

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人間は社会的動物であると、昔の偉い人は言っていたそうです。

素っ裸の人間を自然界にほっぽりだしたら、あっという間に死んでしまいそうなので、生物としてはそんなに強い方ではないのでしょう。
そこで社会という集団を作ることでここまで発展してきたと考えられます。

集団の中に当然存在するもの、ルール・道徳、その他諸々…あとヒエラルキーです。

このブログのプロフィール欄にも、「主役に憧れる永遠の村人Bです。」と書いてありますが、
こんな文章をわざわざ書いているのは、私が生きてきて何よりヒエラルキーというものに右の頬と左の頬を殴られてきたからなのだと思います。

初めて世の中には「そういうもの」が存在していると感じたのは、幼稚園児の頃だったと記憶しています。
当時はもちろんヒエラルキーという言葉は知りませんから、言葉には出来ませんが嫌な気持ちになったのでしょう。
ある程度語彙が増えて大人になって、今まで感じてきたモヤモヤとしてきたものはヒエラルキーだったんだと言語化出来るようになったわけです。

 

集団は空気を作る人・リーダー・影響力を持つ人・決定権を持つ人・サポーター・天然のフリした計算高い女、などなど色々な役割から構成されています。

その中で、私はどういう役割にいることが多いだろうかとふと考えてみたわけです。
もし普段生活している世の中が劇だったとしたら、私は間違いなく主役ではないし、準主役でもなく、キーポイントになる脇役でもない、そこで思いついた役名が「村人B」でした。
我ながらピッタリでニヤニヤします。

村人Bは脇役の脇役である役のことで、セリフが「そうだよそうだよ」ぐらいしかなさそうな役柄のことです。
構成員であることは間違いないですが、ヒエラルキーでは下の方で、存在としては……です。
(言葉にすると辛いので省略します。)

思いっきり私定義ですが、村人Bタイプの特徴は
・集合写真では端っこになりがち
・女性の場合、セーラームーンごっこではジュピター役だった
・プリクラなどで写っている人に名前を書く時に、名前を赤やピンクなどで書かれず、青・緑・紫などで書かれる
・クラスのグループ分けが辛かった
といった感じです。

というか私の実体験です。

同じような経験をしている人、仲良く出来るかも!笑

 

現在ではスクールカーストという言葉もありますが、ヒエラルキーのピラミッドも頂点にいくほど(主役になるほど)人数が少なくなっているので、
村人Bタイプの方が人数が多いのは当たり前のことではあります。
主役になれる人は本当に一握り。

ただ、私もセーラームーン役をやってみたかったし、プリクラでピンクで名前を書いてもらいたかった。
ただ、主役に憧れているだけです。

 

こうやって昔の自分を振り返るのは辛い面もありますが、書いてみてすっきりしました。

それでは、ごきげんよう

いじめられていて辛い子にこそ、本を読んでもらいたい

世界はもっと広い!

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2学期の始まりが近づいてきて、思い出すのは2015年8月26日、鎌倉市図書館の『学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、学校を休んで図書館へいらっしゃい。』というツイート。

賛否両論色々とあっただろうけど、私はこのツイートにとても共感しました。
死んだら何にもならないからね。

読書をすすめる理由

本で読んだり、テレビで見たエピソードでいいなと思ったもの3つ。

テリー伊藤さん

テリー伊藤さんはいじめられて辛い子へに対して
「僕だったら本を読むことを勧める」
と言っていました。
いじめっ子と同じステージにいる必要はないわけで、自分のいるステージを上げるために読書をしましょう、ということです。

安達祐実さん

私がまだ小学生ぐらいの時にテレビで見た、安達祐実さんの小学生時代のエピソード。

当時子役だった安達さんは、休み時間に一緒に過ごすお友達が出来なくて辛いということをお母さんに相談しました。
そうしたら、お母さんは一言
「本でも読んでれば?」
と答えました。

安達さんはその通りに過ごしたそうです。
お母さんも娘さんもさすが!

まだ子供だった私には、この答えが衝撃的過ぎて忘れられません。

吉村作治さん

超超有名な考古学者の吉村作治さんも、実はいじめられた経験があるそうです。
そしていじめっ子が来ない場所として見つけたのが図書室でした。

そこで『ツタンカーメン王のひみつ』という本に出会ったことが、後の「エジプト考古学吉村作治」(敬称略)を生んだわけです。

読書はしないともったいない

私の好きな言葉に『空に星 地に花 人に愛』という素敵な言葉があります。
武者小路実篤の言葉ですが、元々はゲーテの『天には星、地には花、人には愛が不可欠である』という言葉だそうで。

凄くグッと来ますね。いい言葉だ。
で、人には愛と同じくらい読書が不可欠なんじゃないかと、うすぼんやりと考えています。

なぜかという理由は端的に説明出来ないからまぁ置いておいて、この人素敵だなって思う人は、まぁ大体が読書家です。
びっくりするくらい本読んでます。

あと1冊の本には、著者が読んだ何百冊という本の知識が凝縮されてるわけですよ。
参考文献だけで200冊ぐらいになる本もあるそうですから、まさに知の結晶です。

その結晶に野口英世さん1枚か2枚出せば触れさせてもらえるなんて、めちゃくちゃラッキーなんだよね。

もうこの世にいない人の話も、本なら聴けます。
それに図書館で借りたらタダです。何万冊の資料をタダで読み放題なわけですよ。
デニーズでタダで好きなだけ食べていいよと言われたらムシャムシャ食べます。
それと同じですから、活用しないのはもったいない。

世界は学校だけではなくて、めちゃくちゃ広いんだ!と、
本を通して素敵な大人達が沢山のことを教えてくれると思います。

勉強は疎かにしない方がいい

死ぬくらいなら、学校行かなくてもいいと思う。
ただ、行かないでゲームだけをして1日を過ごすのは勿体無い気がする。
勉強は出来るだけちゃんとやっておいた方がいい。

人は、思考力・判断力・類推力とか諸々いろんな能力を総合して生活しているんだろうけど、
学校で学ぶ勉強っていうのは、全部それの基礎のようなイメージがあります。
(とんでもない天才とかは知らないけど。)
だからそこが抜け落ちちゃうと後々大変ですので、その勉強に読書も取り入れたらいいと思います。

Co.慶応さんの動画はラップで楽しく学べますし、YouTubeには塾の先生が解説をしてくれてるお勉強の動画は沢山あります。

読んだ本は記録しておく

せっかくですので、読んだ本の記録は忘れずに!

タイトル・著者名・出版年・出版社などをしっかりリストにして、出来れば少しだけ感想も書けたらいいですね。
ビビッと来たところはノート書き出しておいたら、いつか大切な宝物になるんじゃないかな。

活字が苦手という人は、絵本を読んだり、写真集や画集を眺めることからスタートしてもいいと思います。

 

私は死のうと思うほど辛いいじめを経験せずに済みましたが、順風満帆な生活は送れず、影の薄い児童・生徒でした。
友達も少なくて、人気もなかったです。

女子にありがちな、急に話をしてくれなくなったりということは何回かありました。
私が他人をイライラさせてしまう態度をとってたんだろうけども、やっぱり、されたことは忘れないものです。

誰かが言ってたな、自分に辛い思いをさせた人への一番の復讐は「良く生きること」だそうです。

読書はきっとその手助けをしてくれると思うな。

それでは、ごきげんよう。